解散した芸人一覧【2026年最新】解散年・理由・元メンバーの現在を徹底解説
2026年も、お笑い界では長年活動してきたコンビやトリオの解散が相次いでいます。1月1日には天竺鼠、3月にはトンツカタンが解散を発表し、9月30日にはクロスバー直撃、10月にはとんぺてぃーずの解散が明らかになりました。解散後も芸人を続ける人がいる一方、引退して別の仕事に進む人もいます。
解散した芸人を調べる際に知っておきたいのは、解散発表日と実際の活動終了日は必ずしも同じではないこと、そして活動休止やコンビ名の変更が解散と同義ではないことです。鼻エンジンやくらげライダーのような歴代コンビから、高僧・野々村、東京二・笑子といった往年の漫才師まで、所属事務所、公表された解散理由、元メンバーの現在を2026年10月20日時点の情報をもとに整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 2026年の最新動向:天竺鼠、トンツカタン、クロスバー直撃、とんぺてぃーずなどの解散と、その後の活動を紹介。
- 歴代コンビの現在:鼻エンジン、くらげライダー、高僧・野々村、東京二・笑子の経歴と解散後の歩みを解説。
- 解散と休止・改名の違い:チャイムのように改名して活動を続けるコンビと、正式に解散したグループを区別。
【2026年最新】解散した芸人一覧と発表日・解散日
2026年の解散ニュースでは、活動歴の長さだけでなく、解散に至った経緯やメンバーそれぞれの進路も注目されています。所属事務所の公式発表、本人の発信、スポーツ紙や芸能ニュースの報道を照らし合わせると、解散という同じ結論に至っても、その背景は一様ではありません。
以下は、2026年に解散が公表された主なコンビ・トリオの一覧です。解散発表日と活動終了日が異なる場合は、両者を分けて記載しています。
| グループ名 | 発表日・解散日 | 公表された経緯・解散後 |
|---|---|---|
| 天竺鼠 | 2026年1月1日 | 話し合いの結果、解散を決断。川原克己、瀬下豊ともに個人で活動を継続。 |
| うめすぴか | 2026年2月10日(解散日登録) | 芸歴.netの年別一覧に掲載。公表理由の詳細は個別の発表内容を確認したい。 |
| トンツカタン | 3月24日発表、4月18日解散 | 話し合いを重ねて解散を決断。お抹茶、森本晋太郎、櫻田佑はそれぞれ活動を継続。 |
| 20世紀 | 2026年3月31日(解散日登録) | 芸歴.netの年別一覧に掲載。解散後の進路は各メンバーの発表を参照。 |
| 大自然 | 2026年4月12日(解散日登録) | 芸歴.netの年別一覧に掲載。公表された理由の詳細は個別の発表内容を確認したい。 |
| 家族チャーハン | 2026年4月19日(解散日登録) | 芸歴.netの年別一覧に掲載。解散後の活動状況は個別のプロフィールで確認できる。 |
| すずらん | 2026年6月30日(解散日登録) | 芸歴.netの年別一覧に掲載。26年の活動歴が記録されている。 |
| BPM128 | 2026年8月27日(解散日登録) | 芸歴.netの年別一覧に掲載。活動歴は同データベースで4年と記録。 |
| クロスバー直撃 | 2026年9月30日 | 本人たちが解散を発表。前野悠介は10月1日から「ずいぶん前野」に改名し、2人とも芸人活動を継続。 |
| とんぺてぃーず | 9月30日発表、10月1日解散 | きのした先生が健康上の理由で芸人を引退。相方のたかしろは傘回しなどの活動を継続。 |
2026年の動向を象徴するのが、天竺鼠とトンツカタンです。
スポニチアネックスなどの報道によると、天竺鼠は2026年1月1日、川原克己のYouTubeチャンネルで解散を発表しました。2004年の結成から約22年にわたって活動し、キングオブコントやTHE MANZAIでも決勝進出を経験したコンビです。2人は話し合いを重ねたうえで、それぞれの幸せを考えた結論として解散を選びました。コンビの活動は終了しても、川原は吉本興業とのエージェント契約、瀬下は所属という形で活動を続けると報じられています。
一方、トンツカタンは2026年3月24日に解散を発表し、4月18日のライブ出演を最後に活動を終了しました。プロダクション人力舎の公式発表では、お抹茶、森本晋太郎、櫻田佑の3人は今後もそれぞれ活動を続けると説明されています。解散発表日と最終出演日が異なることを示す代表的な例です。
さらに、9月30日にはクロスバー直撃が解散を発表しました。テレビ朝日ニュースやFANY Magazineの報道によると、前野悠介と渡邊センスは、それぞれ芸人として活動を続ける意向を示しています。前野は翌10月1日から芸名を「ずいぶん前野」に変更しました。10月には、とんぺてぃーずも解散を発表。きのした先生は健康上の理由から引退し、たかしろはピン芸人として活動を続けるとしています。
なお、芸歴.netなどの年別データベースは、解散日の登録や更新時期によって掲載内容が異なる場合があります。解散日を正確に調べるときは、一覧だけで判断せず、本人や所属事務所が公表した発表日と最終活動日を区別することが大切です。

【歴代一覧】解散したお笑い芸人の代表例と所属事務所
解散したお笑い芸人を歴代で振り返ると、テレビで人気を獲得したコンビ、賞レースで実績を残したグループ、寄席を中心に長年活動した漫才師まで、さまざまなケースがあります。
解散年や所属事務所は、グループの活動当時の情報を示す場合があります。解散後に事務所を移籍したり、個人で活動したりするケースもあるため、現在の所属と当時の所属は分けて考える必要があります。
代表的な解散例
- 和牛(2024年):長年にわたり漫才で支持を集めたコンビ。2024年3月末を区切りに解散。
- 尼神インター(2024年):吉本興業で活動した女性コンビ。2024年3月末に解散し、それぞれの道へ進んだ。
- 令和喜多みな実(2025年):吉本興業で活動した漫才コンビ。芸歴.netの年別一覧では2025年7月11日が解散日として記録されている。
- チーモンチョーチュウ(2025年):吉本興業で長年活動したコンビ。芸歴.netの年別一覧では2025年12月30日が解散日として記録されている。
- 鼻エンジン(2006年):村田渚と松丘慎吾によるコンビ。村田の急逝によって活動が途絶えた、一般的な話し合いによる解散とは異なるケース。
- くらげライダー(2014年):松丘慎吾とヤマザキモータースによるコンビ。旧コンビ名は松丘山崎。
- 高僧・野々村(1999年):吉本興業で活動した女性漫才コンビ。解散後はメンバーそれぞれが異なる道を歩んだ。
このように、歴代一覧を読む際は解散年だけでなく、解散の性質にも目を向けたいところです。本人たちの意思で活動を終了したケースと、メンバーの死別によってグループとしての活動が続けられなくなったケースを同じものとして扱うと、経緯を正しく理解できません。
【解散理由】お笑いコンビやトリオはなぜ解散するのか
お笑いコンビの解散理由として考えられるのは、芸風や将来像の違い、活動方針の変更、生活環境の変化、健康上の事情、芸人引退などです。ただし、すべてのコンビが詳細な理由を公表するわけではありません。本人が発表していない背景を、仲の悪さや不仲説だけで説明するのは適切ではありません。
1.将来像や活動方針の違い
長く活動していると、目指したい仕事や芸人としての目標が変わることがあります。天竺鼠は2026年1月1日の発表で、話し合いの結果、それぞれの幸せを考えて解散を決断したと説明しました。長い活動歴があることと、同じグループで活動し続けることは必ずしも一致しません。
2.話し合いを重ねたうえでの決断
トンツカタンは2026年3月、公式YouTubeチャンネルで解散を発表しました。スポニチアネックスなどの報道によると、メンバーは長時間の話し合いを重ね、解散という結論に至ったと説明しています。解散後も3人は芸人としての活動を継続する意向を示しました。グループの終了と個人の芸人活動の終了は、別の判断なのです。
3.健康上の事情や引退
とんぺてぃーずは、きのした先生が健康上の理由で芸人を引退することに伴い、2026年10月1日付で解散しました。相方のたかしろは傘回しや諸芸を続けると発表しています。こうしたケースでは、グループの継続そのものが難しくなり、解散後の進路もメンバーごとに分かれます。
4.メンバーの死別
鼻エンジンは、2005年ごろに村田渚と松丘慎吾が結成したコンビです。村田は2006年11月、35歳で急逝しました。デイリースポーツなどの報道では、村田は亡くなる直前まで仕事をしており、コンビは結成から間もない時期に活動を続けられなくなりました。この経緯は、方向性の違いや不仲による解散とは明確に異なります。
解散理由を調べるときは、本人が明言した理由、報道で説明された経緯、第三者による推測を区別することが重要です。公表された理由が「話し合いの結果」であれば、具体的な対立や不仲があったとまで断定することはできません。

【鼻エンジン・くらげライダー】松丘慎吾のコンビ遍歴と解散後
鼻エンジン、くらげライダー、チャイムという名前をたどると、松丘慎吾の芸人人生と、コンビ名の変更・再出発の関係が見えてきます。それぞれ別のグループですが、メンバーの経歴がつながっているため、解散した芸人を調べるうえで混同しやすい例でもあります。
鼻エンジン:村田渚とのコンビ
松丘慎吾は、坂道コロコロ(後の坂道コロンブス)などで活動した後、村田渚と鼻エンジンを結成しました。村田は、かつてフォークダンスDE成子坂で活躍した漫才師です。鼻エンジンはテレビ出演や漫才で活動していましたが、2006年11月の村田の急逝によって、コンビとしての活動は途絶えました。
鼻エンジンの解散を、一般的なコンビ間の話し合いや方向性の違いによるものと説明するのは正確ではありません。メンバーの死別によって活動を継続できなくなったという、特別な経緯を持つグループです。
くらげライダー:松丘山崎からの改名
松丘はその後、ヤマザキモータースこと山崎晋とコンビを結成しました。当初の名前は「松丘山崎」で、2008年にくらげライダーへと改名。WEBザテレビジョンのプロフィールでも、松丘とヤマザキモータースによるコンビとして紹介されています。
くらげライダーは2014年5月末に解散しました。解散後、松丘は妻でピン芸人の赤プルと夫婦漫才コンビを結成。一方、ヤマザキモータースも別の相方と新たなコンビを組むなど、それぞれの活動へ移っていきました。
チャイム:解散ではなくコンビ名の変更
ここで注意したいのが、チャイムの位置づけです。太田プロダクションの公式プロフィールによると、松丘と赤プルは2014年6月に夫婦漫才コンビとして活動を開始しました。結成当初の名前は「赤プルとだんな」で、その後「チャイム」に改名しています。
太田プロダクションの公式プロフィールには、チャイムが所属コンビとして掲載され、赤プルの公式ブログでも夫婦コンビとしての活動が紹介されています。そのため、チャイムを「解散した芸人」の一覧に入れるのは適切ではありません。少なくとも公表された情報上は、解散ではなく改名によって活動してきたコンビとして区別する必要があります。
この一連の経歴から分かるのは、芸人が一度解散したからといって、その後の活動まで終わるとは限らないということです。以前のコンビを解散した後に別の相方と活動を再開したり、夫婦コンビを結成したりするケースもあります。元メンバーの現在を知りたい場合は、過去のグループ名だけでなく、個人名や新しいコンビ名でも調べることが大切です。
【高僧・野々村、東京二・笑子】歴代漫才師の解散後の現在
解散した芸人の現在を調べると、テレビで活躍するタレントや放送作家に転身した人だけでなく、飲食店の経営や漫談など、異なる分野で活動する人もいます。ここでは、活動当時の実績と解散後の進路が特徴的な2組を紹介します。
高僧・野々村:1999年の解散後、別々の道へ
高僧・野々村は、1992年に結成された吉本興業所属の女性漫才コンビです。メンバーは高僧美喜と野々村友紀子。1995年には「爆笑BOOING」の第9代グランドチャンピオンに輝き、1996年にはABCお笑い新人グランプリの審査員特別賞、上方漫才大賞の新人奨励賞を受賞しました。
一度は1997年に解散を発表しましたが、その後撤回。最終的には1999年2月に解散しました。当時の活動環境の変化や心斎橋筋2丁目劇場の閉館前後の状況も、解散の背景として語られています。
解散後、高僧は芸能界を引退し、大阪市都島区で居酒屋「まんぷく屋ぎんなん」を経営しています。一方、野々村友紀子は放送作家として活動した後、タレントとしても知られるようになりました。2026年の報道でも、NSCの講師として後進の育成に携わっていることが紹介されています。
同じコンビで活動していた2人でも、解散後の進路は大きく異なります。解散した芸人の現在を調べる際には、元メンバー全員が同じような仕事をしていると考えないことが重要です。
東京二・笑子:音曲漫才から次の活動へ
東京二・笑子は、東京漫才の歴史を振り返るうえで興味深い夫婦漫才コンビです。京二は、妻で元「さえずり姉妹」の笑子とコンビを組み、ギターやハーモニカ、歌を取り入れた音曲漫才で活動しました。1980年代半ばに夫婦コンビとして再出発し、寄席にも出演するようになりました。
その後、笑子の体調不良などを背景にコンビは解消。東京漫才の歴史を扱う専門サイト「東京漫才のすべて」では、京二が弟子の東たかし(後の結城たかし)と「東京二・たかし」を組んだ経緯も紹介されています。さらに「J・J京二・たかし」として活動を再開した時期もありましたが、2024年3月には漫才を辞める意向を示し、2025年には落語協会を退会しています。
東京二・笑子の解散年については、資料によって記載に差があります。公式プロフィールには2003年とする記載がある一方、「東京漫才のすべて」は2004年3月まで落語協会にコンビ名が確認できる経緯を紹介しています。発表上の解散年と、寄席の記録に残る活動時期が一致しない場合があることを示す例です。
こうした歴史的な漫才師の経歴は、現代のテレビ中心の芸人とは異なる視点も与えてくれます。寄席や漫談を軸に活動してきた芸人は、コンビの解散後も別の相方と活動したり、ピン芸に戻ったり、舞台から引退したりと、複数の選択肢を持っていました。

【解散・活動休止・改名】コンビとトリオの違いを整理
解散したお笑いグループの一覧を読むときに混同しやすいのが、正式な解散、活動休止、コンビ名の変更です。名前が変わったからといって解散したとは限らず、長期間活動していないからといって正式に解散したとも限りません。
正式な解散
正式な解散とは、本人や所属事務所がグループとしての活動終了を発表したり、解散日を公表したりするケースです。トンツカタンは2026年3月に解散を発表し、4月18日のライブを最後にトリオとしての活動を終了しました。こうした場合は、発表日と実際の活動終了日を分けて記録すると、経緯が分かりやすくなります。
活動休止
活動休止は、グループとしての活動を一時的に止める状態です。解散と違い、将来の再開を排除するものではありません。休止を発表したグループを、解散した芸人の一覧にそのまま含めると、活動状況を誤って伝えることになります。
コンビ名・グループ名の変更
グループ名の変更は、同じメンバーが名前を変えて活動を続ける場合や、メンバーの加入・脱退をきっかけに名称を変える場合などがあります。松丘山崎からくらげライダーへの変更、赤プルとだんなからチャイムへの変更は、それぞれの経緯を区別して見る必要があります。
コンビとトリオの解散は何が違うのか
コンビは2人の役割や掛け合いを中心に構成される一方、トリオは3人それぞれの役割や組み合わせがネタの特徴になることがあります。ただし、人数だけで解散理由が決まるわけではありません。トリオのメンバーが個人活動を続ける場合もあれば、コンビの一方が引退してグループを終了する場合もあります。
トンツカタンは、トリオとしての活動を終えた後も3人それぞれが芸人活動を続けると発表しました。対して、とんぺてぃーずは一方の引退が解散につながり、もう一方がピン芸人として活動を継続します。どちらもグループの解散ですが、その後の進路は異なります。
解散した芸人を調べる際には、グループの活動終了だけでなく、元メンバーが今も芸人なのか、別のコンビを組んでいるのか、タレントや放送作家として活動しているのか、あるいは引退しているのかを分けて確認すると、現在の姿をより正確に把握できます。
【解散した芸人】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:2026年に解散した芸人で、特に注目されたコンビは?
A1:天竺鼠、トンツカタン、クロスバー直撃などが挙げられます。天竺鼠は1月1日に解散を発表し、トンツカタンは3月24日に発表して4月18日のライブを最後に活動を終了しました。クロスバー直撃は9月30日に解散を発表し、前野悠介は「ずいぶん前野」に改名して活動を続けています。
Q2:解散した芸人は、その後も芸人を続けられる?
A2:続けられます。解散はコンビやトリオとしての活動終了を意味し、メンバー個人の芸人活動まで終了するとは限りません。トンツカタンの3人やクロスバー直撃の2人は、解散後もそれぞれ活動を継続する意向を示しています。
Q3:チャイムは解散した芸人に含まれる?
A3:チャイムは、松丘慎吾と赤プルによる夫婦漫才コンビです。2014年に「赤プルとだんな」として活動を始め、その後チャイムに改名しました。太田プロダクションの公式プロフィールにも掲載されているため、単純に解散済みのコンビとして扱うのは適切ではありません。
まとめ:解散した芸人の現在を知るための判断基準
解散した芸人を調べるときは、解散年や解散日だけでなく、発表日、本人が公表した理由、所属事務所、解散後の進路まで確認することが大切です。2026年の天竺鼠、トンツカタン、クロスバー直撃、とんぺてぃーずの事例からも分かるように、グループの解散は必ずしも芸人個人の引退を意味しません。
歴代コンビに目を向けると、鼻エンジンのようにメンバーの急逝によって活動が途絶えた例、くらげライダーのように解散後に別のコンビへ進んだ例、高僧・野々村のように芸能界を引退した人と放送作家・タレントとして活躍する人に分かれた例があります。東京二・笑子の経歴は、寄席を中心とする漫才師の活動形態や、解散年と実際の出演記録が異なることも教えてくれます。
また、活動休止と正式な解散、コンビ名の変更は別のものです。チャイムのように改名して活動を続けるグループを、解散済みとして一覧に含めないことも重要です。
今後、解散した芸人の情報を調べる際は、本人や所属事務所の公式発表を起点に、報道各社の情報や芸歴データベースを組み合わせて確認するとよいでしょう。解散の事実だけでなく、元メンバーが選んだ次の道まで知ることで、それぞれの芸人の歩みをより立体的に理解できます。 (出典: 解散 した 芸人(Yahoo!ニュース))