山上徹也の自宅は現在どうなった?押収品・解体報道と裁判の全貌を徹底解説
山上徹也被告の自宅は現在どうなっているのか。安倍晋三元首相銃撃事件の発生直後、奈良県警による家宅捜索で手製銃やパソコンなどが押収され、段ボール約20箱分の証拠品が搬出されたと報じられました。その後、2025年11月の裁判では、自宅から見つかった手製銃や大量の火薬について、捜索を担当した警察官が証言しています。
さらに、2026年1月には奈良市郊外にあった山上被告の家族に関係する木造住宅の解体が報じられました。ただし、事件当時に被告が暮らしていたマンションと、解体された住宅は別の建物です。2026年10月時点の裁判の進展も踏まえ、家宅捜索の経緯、押収品、公判で明らかになった事実、自宅の現在について整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 自宅の場所:事件当時の住居は奈良市内のワンルームマンションと報じられています。正確な住所や部屋番号を示すことなく、報道で確認できる範囲を整理します。
- 押収品:手製銃6丁、火薬入り容器、パソコン、工具類などが捜査や公判報道で取り上げられました。段ボール約20箱という数字は、押収品の搬出に関する報道です。
- 2026年の動き:1月には家族が暮らしていた別の住宅の解体が報じられ、10月1日には無期懲役判決に対する控訴趣意書の提出が報じられました。
【自宅の場所】山上徹也が事件当時に暮らしていたのはどこ?
安倍晋三元首相銃撃事件の捜査で、奈良県警が家宅捜索を行ったのは、山上徹也被告が事件当時に暮らしていた奈良市内のマンションです。2022年7月8日の事件発生直後から、警察は住居内に残されていた物品を調べ、手製銃やパソコンなどを押収しました。
朝日新聞の2026年1月19日付の報道では、被告は事件前の長期間、近鉄新大宮駅周辺のワンルームマンションで生活していたと紹介されています。住居と店舗が混在する地域にあったとされ、事件当時の報道では、銃撃現場との距離も注目されました。
ただし、検索結果に表示される住所情報や現地写真だけで、現在の居住者や建物の利用状況まで判断することはできません。報道された立地と、現在の物件の状態は分けて考える必要があります。
事件当時のマンションと家族が暮らした住宅は別
「山上徹也の自宅」という検索語で混同されやすいのが、事件当時のマンションと、2026年1月に解体が報じられた木造住宅です。
前者は、事件当時に被告本人が生活していたマンションです。後者は、安倍元首相銃撃事件の当時、被告の母親が暮らしていた奈良市郊外の借家として報じられた建物です。報道上の役割も、建物の種類も異なります。
両者を同じ「自宅」として扱うと、解体された建物を被告本人の事件当時のマンションだと誤認しかねません。2026年の住宅解体報道を読む際には、この違いが重要です。

【家宅捜索の全経緯】奈良県警は何を押収したのか
奈良県警による捜索は、事件直後の一度だけで終わったわけではありません。事件当日に手製銃などが押収された後も、銃や弾の製造に関係するとみられる道具、衣類、レシートなどが調べられました。
2022年7月9日付のMBSニュースは、住居から段ボール十数個分の押収物が運び出されたと報道しています。その後も捜索は続き、7月24日には3回目の家宅捜索が行われ、衣類や伝票類などが新たに押収されたと伝えられました。
また、2022年7月16日のテレビ朝日系の報道では、銃や弾の製造に使ったとされるミキサー、電子はかり、工具類などが押収されたことが明らかになっています。警察は自宅だけでなく、車両や関連する場所からも物品を集め、犯行に至るまでの準備を調べていました。
家宅捜索の時系列まとめ
| 時期 | 捜査・報道の内容 | 確認できるポイント |
|---|---|---|
| 2022年7月8日 | 事件当日に自宅を捜索 | 手製銃やパソコンなどを押収。危険物への対応として周辺住民の避難も行われた。 |
| 2022年7月9日 | 押収品の搬出が報道される | MBSニュースが段ボール十数個分の押収物について報道。 |
| 2022年7月16日 | 自宅を改めて捜索 | ミキサー、電子はかり、工具類など、製造に関係するとみられる物品を押収。 |
| 2022年7月24日 | 3回目の家宅捜索 | 衣類やレシートなどを追加で押収。報道では段ボール約20箱分の証拠品も取り上げられた。 |
| 2025年11月5日 | 奈良地裁の第5回公判 | 捜索を担当した警察官が、手製銃6丁や大量の火薬などの発見状況を証言。 |
| 2026年1月7日 | 奈良市郊外の別の住宅で解体開始 | 被告の母親が事件当時に暮らしていた借家として報じられた建物。マンションとは別の住宅。 |
| 2026年10月1日 | 控訴審に向けた手続き | 共同通信の報道によると、弁護人が大阪高裁に控訴趣意書を提出。 |
この時系列から分かるのは、自宅捜索が事件直後の証拠保全だけでなく、製造に関係する物品や事件前の行動を裏付ける捜査につながっていたことです。
なお、「段ボール約20箱」という数字は、押収品の搬出規模を伝える報道上の表現です。段ボールの数だけで証拠品の種類や個数、事件との関係を判断することはできません。また、事件翌日の「十数個」という報道とは、報道された時期や搬出の段階を区別する必要があります。
【押収品の実態】手製銃6丁・パソコン・火薬入り容器の意味
山上被告の自宅に関する報道で、特に注目されたのが手製銃、火薬入り容器、パソコン、工具類などです。これらは事件の捜査過程で押収された物品であり、2025年の公判では一部について具体的な証言や証拠の提示が行われました。
手製銃6丁は2025年の公判で証言された内容
2025年11月5日に開かれた奈良地裁の第5回公判では、事件当日に山上被告の自宅を捜索した警察官が証人として出廷しました。関西テレビやMBSニュースなどの報道によると、警察官はリビングで手製銃6丁を発見したと証言しています。
警察官は、銃が暴発する危険性を考慮して先行して搬出したことや、室内に大量の物品が散乱していた状況について説明しました。報道では、スコープや薬きょう、殺人に関する書籍なども見つかったと伝えられています。
一方、事件直後の初期報道では、押収された銃の数について「数丁」や「少なくとも5丁」といった表現も使われていました。捜査が進む過程で報じられた数字と、後の公判で警察官が説明した発見状況を区別して理解することが大切です。
火薬入り容器は公判で重量まで示された
同じ第5回公判では、火薬が缶やプラスチック製の容器に入った状態で見つかったことも証言されました。奈良テレビや関西テレビなどの報道によると、検察側からは、火薬が入った缶ケースなど19個、黒色火薬の合計2,248.9グラムが押収されたことが示されました。
捜索した警察官は、容器に入った大量の火薬を見た際の危険性について証言しています。報道された内容は、実際の捜索時に警察官が目にした状況と、法廷で証拠として示された物品に基づくものです。
ただし、火薬の量や容器の数だけを取り上げても、それぞれの物品がどのように使われたか、どの証拠が個別の犯罪事実を裏付けるかまでは分かりません。そうした点は、証拠全体や鑑定結果、裁判所の判断と合わせて捉える必要があります。
パソコンや工具類は何を調べるためのものだったのか
事件直後の奈良新聞などの報道では、自宅からパソコンが押収されたことが伝えられています。また、テレビ朝日系の2022年7月17日の報道では、銃や弾の製造に使ったとされるミキサー、電子はかり、工具類などが押収されたと報じられました。
こうした物品は、捜査当局が製造の準備や関連する行動を調べる際の証拠となります。ただし、パソコンの中身や個々のデータの詳細について、公開された報道だけからすべての内容を断定することはできません。
自宅の押収品について理解するには、「何が見つかったか」という発見事実と、「その物品が何を証明するのか」という法的な評価を分けることが重要です。

【自宅の動画と公判証言】報道で公開された室内の様子は?
「山上徹也の自宅動画」という検索語で見つかる映像には、自宅捜索を伝えるニュース映像や、裁判で明らかになった室内の状況を解説する報道動画があります。代表例の一つが、テレビ大阪ニュースが2025年11月5日に配信した、第5回公判での警察官証言を紹介する映像です。
この報道では、手製銃6丁や火薬入り容器が発見されたこと、室内に物品が散乱していたことなどが紹介されました。関西テレビの2025年11月6日付の報道でも、捜索時の部屋の写真が法廷で公開されたことが伝えられています。
「自宅動画」と「法廷で公開された写真」は同じではない
ニュース映像を視聴する際に注意したいのは、映像そのものが何を映しているのかという点です。報道番組の動画には、現場の映像、捜索時に撮影された写真、裁判所での証拠提示、記者による解説など、複数の素材が含まれることがあります。
したがって、ニュース動画が配信されているからといって、住居内部の全容を連続撮影した映像が一般公開されているとは限りません。公開された写真や映像から分かるのは、あくまで報道で取り上げられた範囲です。
また、捜索を担当した警察官の「テロリストのアジトのように感じた」という趣旨の証言は、法廷で語られた当時の印象です。この表現をそのまま客観的な住居の分類として扱うのではなく、発見された物品や室内の状況に関する具体的な証言と分けて読む必要があります。
【2026年1月の解体報道】奈良市郊外の住宅はなぜ注目された?
2026年1月19日付の朝日新聞の報道では、同年1月7日、奈良市郊外にあった2階建ての木造住宅で、重機による解体作業が始まったと伝えられました。この住宅は、安倍晋三元首相銃撃事件の当時、山上被告の母親が暮らしていた借家として紹介されています。
このニュースが注目されたのは、事件後の裁判を通じて、被告本人の住居だけでなく、家族の生活や過去の居住環境も改めて報道されるようになったためです。朝日新聞の記事は、事件に至るまでの経緯や、被告の家族を支えた人々に関する取材とともに、住宅の解体を伝えました。
解体されたのは事件当時のマンションではない
重要なのは、2026年1月に解体が報じられた木造住宅と、2022年7月に奈良県警が家宅捜索したマンションは別の建物だという点です。
マンションは事件当時、山上被告本人が生活していた住居として報じられました。一方、解体された住宅は、母親が暮らしていた借家として報じられた建物です。「山上徹也の自宅が解体された」という短い見出しやSNS上の要約だけでは、この違いが伝わらないことがあります。
また、住宅の解体という事実だけで、事件の証拠が新たに発見されたことや、捜査に新展開があったことを意味するわけではありません。報道で確認できるのは、住宅の解体が始まったことと、その建物が家族の生活に関係していたという点です。
事件当時のマンションは現在どうなっているのか
朝日新聞の2026年1月19日付の報道では、事件当時に山上被告が住んでいたマンションの部屋について、管理会社の説明として、2025年12月12日時点では空室だったと紹介されています。
これは、その取材時点における状況です。2026年10月現在の入居状況や物件の利用状況については、同じ情報だけで最新の状態を断定することはできません。
そのため、現在の状況を調べる際には、事件当時の住居に関する過去の記事と、2026年に報じられた家族の住宅の解体記事を分けて読むことが欠かせません。

【2026年10月最新】山上徹也の裁判と自宅報道の現在
自宅に関する報道は、事件直後の捜査から、2025年の公判での証言、2026年の住宅解体報道へと移り変わってきました。2026年10月時点では、裁判の進展も押さえておく必要があります。
2025年10月28日に初公判が開かれた裁判員裁判では、山上被告が殺人罪の起訴内容を認めました。11月5日の第5回公判では自宅を捜索した警察官が証言し、手製銃や火薬の発見状況などが明らかになりました。
2026年1月21日、奈良地裁は山上被告に求刑どおり無期懲役の判決を言い渡しました。テレビ朝日系の報道などによると、判決では手製銃の銃刀法上の位置付けや、被告の生い立ちを量刑にどの程度反映させるかなどが判断されました。
その後、弁護側は判決を不服として控訴し、2026年2月4日に大阪高裁への控訴が報じられています。さらに、共同通信の2026年10月1日付の報道によると、弁護人は同日、控訴趣意書を大阪高裁に提出しました。控訴審では量刑や被告の生い立ちがどの程度影響したかなどが争点となる見通しで、公判日程は同報道時点で決まっていません。
この裁判の進展は、自宅から押収された物品や製造に関する証言を、事件全体の中でどう評価するかを理解するうえでも重要です。ただし、自宅の物品に関する個々の事実と、刑事裁判における量刑判断は同じ問題ではありません。
【プロの結論】山上徹也の自宅報道で混同しやすい3つのポイント
山上徹也被告の自宅について検索すると、事件直後の速報、公判での証言、家族の住宅の解体、現在のマンションの状況など、時期も対象も異なる情報が並びます。情報を正しく理解するには、次の3点を区別することが大切です。
1. 押収品の数量と、事件との法的な関係を分ける
段ボール約20箱という数字は、証拠品の搬出規模を伝えるものです。手製銃6丁や火薬入り容器の存在は公判報道で具体的に取り上げられましたが、個々の物品の意味は、鑑定や証言、裁判所の判断を踏まえて理解する必要があります。
2. 事件当時のマンションと、2026年に解体された住宅を分ける
事件当時のマンションは被告本人が暮らしていた住居であり、2026年1月に解体された木造住宅は、母親が暮らしていた借家として報じられた建物です。両者を混同すると、住宅解体の意味や現在の状況を誤って理解することになります。
3. 報道動画、証拠写真、現在の物件情報を分ける
報道動画で紹介される室内の様子は、必ずしも住居内部の全容を示すものではありません。また、2025年12月時点で空室と報じられたマンションについても、その後の入居状況まで自動的に分かるわけではありません。記事の配信日と、実際に確認された事実の時点を合わせて読むことが、誤解を避けるための判断基準になります。
【山上徹也自宅】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:山上徹也が事件当時に住んでいた自宅はどこですか? A1:報道では奈良市内のワンルームマンションとされています。2026年1月の報道では、近鉄新大宮駅周辺にあった住居として紹介されていますが、具体的な住所や部屋番号を現在の状況と結び付けて断定することはできません。
Q2:自宅から段ボール約20箱分の証拠品が押収されたのは本当ですか? A2:2022年7月の家宅捜索では、多数の押収品が搬出されたと報じられています。事件翌日には段ボール十数個分との報道があり、その後の捜索については約20箱分の証拠品が取り上げられました。報道された時期や搬出の段階を区別して理解する必要があります。
Q3:自宅から手製銃は何丁見つかりましたか? A3:2025年11月5日の第5回公判で、捜索を担当した警察官はリビングで手製銃6丁を発見したと証言しました。事件直後の報道では異なる数え方も見られますが、公判で具体的に証言されたのは6丁です。
Q4:2026年1月に解体された住宅は、事件当時のマンションですか? A4:別の建物です。解体が報じられたのは奈良市郊外の2階建て木造住宅で、事件当時に山上被告の母親が暮らしていた借家とされています。
Q5:山上徹也の自宅マンションは現在も空室ですか? A5:朝日新聞の2026年1月19日付の報道では、2025年12月12日時点で空室だったとされています。その後の状況については、この情報だけでは判断できません。
Q6:山上徹也の裁判は2026年10月現在どうなっていますか? A6:奈良地裁は2026年1月21日に無期懲役判決を言い渡し、弁護側は2月4日に控訴しました。共同通信の10月1日付の報道では、弁護人が控訴趣意書を大阪高裁に提出しています。同報道時点では控訴審の公判日程は決まっていません。
まとめ:山上徹也の自宅の現在と報道を正しく理解するために
山上徹也被告の自宅をめぐる報道では、2022年の家宅捜索で押収された手製銃やパソコン、段ボール約20箱分と報じられた証拠品、2025年の公判で証言された手製銃6丁や火薬入り容器など、具体的な事実が明らかになっています。
一方、2026年1月に解体が報じられた住宅は、事件当時のマンションとは別の建物です。事件当時のマンションについては、2025年12月時点で空室だったとの報道がありますが、その後の状況を示す情報とは区別する必要があります。
2026年10月には、無期懲役判決に対する控訴趣意書の提出も報じられました。今後の控訴審では、量刑や生い立ちの評価などが引き続き焦点となる見通しです。
自宅報道を読み解くうえで重要なのは、押収品の発見事実、裁判での証言、住宅の現在の状況を混同しないことです。報道された時期と対象を確かめながら情報を整理することで、事件の捜査経緯と2026年現在の動向を、より正確に理解できます。 (出典: 山上 徹也 自宅(Yahoo!ニュース))